[明日の百より今日の五十]
値打ちはあっても確実に手に入るかどうかあやしいものより、値打ちは小さくても現在持っているもののほうがましであるという意味。
 
[雨垂れ石を穿(うが)つ]
雨だれが、長い間に石にあなをあけるように、小さな力しかなくても、長い間続けて行えば成功するというたとえ。
 
[雨降って地固まる]
雨が降った後は地面が堅くしまることから、波乱や変事が起こった後では事態はかえって安定し、好転に向かうという意。人との付き合い、集団や国家の交流の上で生じるトラブルの後での友好関係についても当てはまる。
 
[石の上にも三年]
辛抱が成功につながることのたとえ。石は冷たく、その上に座るのはつらい。人間の心が通わないイメージがある。その石の上にも三年座っていれば暖まってくるという意味から、何事も根気強く立ち向かうことの大切さを表す。
 
[一日の遅れは十日の遅れ]
たった一日のことだから、というように考えていると、その一日の遅れが最後には十日分もの遅れになってしまうということ。
 
[うかうか三十きょろきょろ四十]
三十代はうかうかと過ごし、四十代になって何かしようと慌てる。価値のある仕事を真剣にしないうちに人生を過ごしてしまうことのたとえ。
 
[得手に帆をあげ]
得意とする力を発揮する好機を逃さずとらえて飛躍する様を表している。人生には、じっと我慢して自重を求められるときもあるが、自分の力をここぞとばかりに出し切って順風に帆をあげるときもある。そういう機会を逃すなということ。
 
[思い立つ日が吉日]
あることをしようと思ったら、思い立った日を吉日だとして迷わずにすぐ始めるのがよいということ。「思い立ったが吉日」とも。
 
[艱難汝(かんなんなんじ)を玉にす]
人は多くの苦難を乗り越えてこそ初めて立派な人物になるという意。
 
[間髪を容れず]
間をおかないで、すぐに物事を行う様子。直ちに。即座に。
 
[聞くは一時の恥 聞かぬは末代の恥]
知らないことを人に尋ねるのは、そのときは恥ずかしい思いをするけれど、尋ねないで知らないままにしていると生涯恥ずかしい思いをし、ひいては後の世に及ぶほどの恥となるという意。
 
[今日できる事を明日まで延ばすな]
やるべきことは今日のうちに片づけよ、という意。
 
[今日の一針、明日の十針]
早目に一針縫っておけばほころびも直るのだが、放っておくと後になって十針も縫わなければいけないほころびとなってしまう。このことから、今日の一針は明日の十針に相当するという意。最初に骨おしみをすれば後で幾倍も手間がかかる。手当ては早いうちが良いというたとえ。
 
[光陰矢(こういんや)の如(ごと)し]
月日の過ぎていくのは、矢が飛んでいくように速いという意。「光」は「日」、「陰」は「月」を表す。
(解説)月日のたつのは速いから無為に過ごしてはいけないということ。
 
[孝行のしたい時分に親はなし]
子供が成長して、やがて親の気持ちや苦労がわかるようになり、孝行をしたいと思う年ごろには、もう親は死んでしまって孝行ができないものだ。
 
[歳歳年年(さいさいねんねん)人同じからず]
人の世は無常であること。来る年ごとに花は同じように咲くけれども、その花を眺める人は年ごとに異なっている。
 
[先(さき)んずれば人を制す]
物事を行うには他人より早く手がけたほうが優位にたてるという意。
 
[去る者は日日に疎し]
いったん疎遠になれば、再会しても話題は乏しく、その相手との心理的な距離はどんどん離れ、思い出すこともまれになり、ついには忘れ去られてしまうということ。
常に会っていればこそ、思わぬ発見もあり、話題も広がり、思い出も重ねていけるものだ。
 
[三度目の正直]
一、二度目はあてにはならないが、三度目が本物だという意。勝負や占いなどで、初めの二回が意に添わなかったとき、三度目にかける意気込みを表すことば。
 
[三年飛ばず鳴かず]
将来、大いに活躍しようと機会を待っているたとえ。「三年鳴かず飛ばず」とも。
(参考)いったん飛べば勢いよく天にあがり、いったん鳴けば人を驚かす鳥が三年もの間、飛ばず鳴かずにいるという意味から。
 
[少年老い易く学成り難し]
月日のたつのは速く、若いと思っているうちにいつしか年老いていき、志した学問の道は長く険しくいっこうにはかどらないの意。
 
[人生は四十から]
四十歳頃の人は身体的には成熟し、しかも強健である。概して生き方もはっきりした頃であり、情緒面でも経済面でも安定し、子供の養育も一段落したところである。この頃、まさに本当の人生が始まるというわけである。ただし、この言葉は真面目な発言のときもあるが、主としてユーモラスな慰めの言葉だ。
 
[前車の覆(くつがえ)るは後車の戒(いまし)め]
前の人の失敗は後の人の戒めとなるというたとえ。
 
[立つ鳥跡を濁さず]
転勤、転退職、転居などのときには、後が見苦しくならないように心配りすべきだというたとえ。引き際がいさぎよくきれいなことのたとえに用いる。
 
[鉄は熱いうちに打て]
熱してから軟らかくした鉄をハンマーでたたいて型通りのものを作ることから、好機を逃してはいけないことのたとえ。かじ屋が蹄鉄(ていてつ)を作る場面から出たことわざ。精神が柔軟なときに人を鍛えよとか、機が熟したらすぐに行動せよという意。
 
[時は金なり]
時は金を稼ぐのに使われるのだから、時を無駄に費やすのは金を無駄に費やすも同然であるの意。時間の浪費を戒める言葉。
 
[七転び八起き]
七たび転んで八たび起きるという意から、何回失敗しても屈することなく、また敢然として挑むこと。ある一つの事柄についていうだけでなく、人生の浮沈の激しさにも当てはめていわれる。
 
[上り一日 下り一時]
物事をつくりあげるのは大変だが、壊すほうは簡単だ、というたとえ。
 
[場数を踏む]
何度も経験を積んでいる。場に慣れる。
(用例)甲子園にも場数を踏んでいる伝統のチーム。
 
[初め良ければ終わり良し]
・初めが順調であれば最後までうまくいくのは決まったようなものだ。
・準備万端整えて始めたことは最後までうまくいくものだの意。
 
[速い者が競争に勝つのではなく、
            強い者が戦いに勝つのでもない]
人の運は、正直・学識・英知によって決まるのではなく、ときと場合に左右されるところが大きいという意。出典は「聖書」。
 
[早起きは三文の徳]
朝早く起きるのは健康にも良く、何かしら良いことがあるものだという意。「朝起きは三文の得」ともいう。
 
[人には三日しかない 昨日今日明日]
人生の短さを言っている。
(解説)過去は各個人にとってはかけがえのない重要な軌跡であり、現在はいま生きている大切な時間であり、また未来は可能性が残された夢見ることのできる時間である。
 
[人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し]
生きることの耐え難さと、常に努力することが大切であること。徳川家康のことばとして伝えられている。
『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。堪忍は無事長久のもと。怒りは敵と思え。』 〜徳川家康〜
 
[人は一代名は末代]
人のからだは死んでしまえば滅びるが、名前はいつまでも残るということ。立派な一生を送って、立派な名前を残せという教え。
(参考)「一代」は一生、「末代」は永久。
 
[百日の説法屁一つ]
長期間の真面目な苦心がわずかな失敗のために台無しになること。ありがたい仏の教えも、現実に生じた「一発」の前に白けてしまう。
 
[百聞は一見に如かず]
人から何回も聞くより、一度実際に自分の目で見るほうがよくわかるという意。人から聞いただけでは信じることはできない、自分で見て知ったことが最も納得のいく証拠であるということ。
 
[冬来たりなば春遠からじ]
冬が来れば、春が次に来るのは遠いことではない。今、恵まれない状態でも、きっと次にはよいことがあるというたとえ。
 
[下手の考え休むに似たり]
相手がいつまでも考え続けるのをあざけっていう言葉。
 
[蒔(ま)かぬ種は生えぬ]
原因がなければ、結果もあるはずがないというたとえ。また、少しも努力しないで、よい結果だけを期待しても無理であることのたとえ。営業もこれと同じで、、訪問をしなければ契約は取れない。
 
[待てば海路の日和あり]
根気強く待っていればやがて航海するのにふさわしい日和もやってくるという意。じっくり落ち着いて待っていればそのうちに好機が訪れることのたとえ。
 
[三日坊主]
あきっぽいことのたとえ。何をやっても長続きせず、すぐに飽きてしまう人や、すぐに飽きてしまうことに対して、あざけりを込めていう言葉。
 
[三つ子の魂百まで]
幼いときの性質は年をとっても変わらないということのたとえ。
 
[無常の風は時を選ばず]
死は、いついかなるときに訪れるかわからないという意。
 
[桃栗三年柿八年]
芽生えてから実を結ぶまでに、桃と栗は三年、柿は八年かかるという意。何事も短日月に簡単に実を結ぶものではないということのたとえ。
 
[夜明け前が最も暗い]
物事は好転する直前が最悪の状態である場合が多い。つまり、最悪の状態は好転の兆しであるの意。
 
[宵っ張りの朝寝坊]
夜は遅くまで起きていて、朝は遅くまで寝ていること。また、そのような人。また、夜遅くまで起きている人は、寝坊をして朝遅くに起きるものだということ。
 
[若い時の苦労は買うてもせよ]
若い時に苦労することは、自分を鍛え、将来のよい経験になるから、自分から進んでせよということ。