あの人が会社を興した理由

素顔のけいざいじん

はじめに

賃貸マンション、賃貸アパート、貸店舗の企画・設計・施工から仲介・管理・経営代行まで総合リース建設業として成長を続ける東建コーポレーション。1974年ベンチャー企業として設立、社長の左右田 鑑穂さんが一代で築き上げた。高齢化時代に対応した高齢者向け賃貸マンションの販売、IT(情報通信技術)を駆使した対外的なアプローチや社内的な組織基盤の強化を図るなどいち早く時代の流れに対応。少年時代から柔道一筋に取り組んできた左右田さんは「柔道を通じて得た教訓が今の自分をつくっている」と話す。かつては自ら作詞作曲したCMソングを歌い、最近では、左右田流経営をまとめた出版物を相次いで出版するなどまさに元気印そのものだ。(中部経済新聞社「素顔のけいざいじん」掲載/刈谷市)

柔道一筋

高校時代に奈良県で優勝

小学5年生から柔道にのめり込む。生活は柔道一色で、中学生時代には既に黒帯。同級生ではなく、強くなろうと高校生相手に練習に励んだ。団塊の世代に生まれ、過当競争というハングリーな時代を生き、「柔道を通じて大きな人生観を学んだ。スポーツで周りより勝っていたから、何事も努力すれば認めてくれるという自信のようなものをつかんだ」と柔道が人間形成に大きな役割を果たした。

柔道で名門の奈良天理高校、東海大学へ進学する。高校時代から合宿所生活が始まり、ホームシックにもなったが、「人に頼らないというものをつくった」と語る。得意技の“大外刈り”で高校時代に奈良県で優勝したことも。

夫婦共稼ぎのサラリーマン家庭で育った左右田さん。「父は真面目で優秀だったが、戦争で耳が聞こえなかった。30年勤めたが最後の役職は係長。そんな父が不びんだった」と父親への思いから、小学校時代には将来、経営者になるという強い信念を持つようになった。大学を中退し、「経営者になりたいと思い続けてきたが、若さと体力だけで何をしていいか分からなかった」と当時を振り返る。漠然とモノづくりに興味を抱いていた左右田さんは溶接、水道、電気工事を手がける、左右田企工を3人でスタートさせた。

下請けから脱皮するため、次へのステップとして「これまでの事業を100%生かすことができ、大きな設備投資がいらない建築・不動産会社であれば、自分もできる」と現在の基礎となる東名商事を設立した。貸店舗住宅を手がける中、マイカー時代の到来でロードサイドビジネスが進展。「住宅というハードだけではなく、ソフトがあるだろう」と日本で初めて企業として家賃保証というソフトを導入した。

経営の一貫管理

他社への依存では完璧は見込めない

「単発的なビジネスでなく、すべてを得意分野としビジネスチャンスを生み出す。建築会社であれば、いくつ会社が作れるか」とあらゆる業種で会社を興し、グループ化を図る。モノづくり、広告、発注、在庫管理、発送、決済というビジネスの流れがあるが、既に広告の東通エィジェンシー、資金調達の東建リースファンドなど子会社を相次いで設立。「他者に依存すると完璧な仕事はできない」と経営の一貫管理システムを目指している。

イメージ・キャラクター

藤田まことさん

94年から、イメージキャラクターとして俳優の藤田まことさんを起用。 出会いは93年、藤田さんが座長を務める公演を協賛してからスタートした。今では毎年一緒にハワイ旅行に出掛けるなど家族ぐるみの付き合いを続けている。

イメージキャラクターの藤田まことさんと
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ホームメイト・デポ

夢は“住”に特化した大型店舗

同社は来年1月1日午前零時に業界最大規模の土地と建物のメガサイト「ホームメイトWORLD」をオープンする。その中の一つのコンテンツとして“住”に関するさまざまな商品を集めたホームメイトデパートを設けており「まだ、夢、ロマンの段階だが、現在のホームセンターとはまったく違う形で、バーチャルモールで紹介する商品を実際に販売する米国的な“住”に特化した大型店舗『ホームメイト・デポ』(仮称)を出店したい。2-3年の内に実現したいと思っている」と、事業拡大を視野に入れる。

姓名判断

左右田さんの本名は稔(みのる)。小学生時代、創業時、上手くいかないケースが多く、なぜだろうと疑問を常に抱いており、人間の運命、宿命を考え、姓名学の虜になる。“稔”という名は、事業家として立身出世を果たすが、家庭的に幸せになれず、事故運が高いという。そこで、1985年から東海ラジオ放送のネット番組「おしゃれハウス」の出演を機に、現在の雅号(がごう)・鑑穂と名乗る。“鑑みる”という字には、経営者として正しい判断力をもつ運勢があるという。

「目や耳で感じることができ、親しみが持てるかトータルで決める」と社名はもちろんさまざまな商品名についてもすべて左右田さんが決めている。なお、事故運が高いことから「免許証は持っているが、今でもハンドルを握ることはない」と一貫している。

KAAN

 知る人ぞ知る、6人組の音楽グループ「KAAN(カーン)」。奈良天理高校時代の合宿所生活時代、趣味としてギターを始め、33歳の時に自らTVCMを製作するために結成した。左右田さんが作詞作曲を手がけ、同世代の人なら聞き覚えのあるCMソング『黄昏物語』『夢を求めて立ち上がれ』のシングル2枚をレコード化した。「ギターを持つと時間が経つのも忘れ、気が付いたら朝ということもしばしば」だったそうだが、今は社長業に徹し、一切弾いていない。

自己表現

ラジオ、TVCMと自ら先頭に立って企業PRに努めているが、「15秒のCMでは表現の限界がある。弊社の技術顧問である黒川紀章さんから、会う度に名刺代わりに本を渡される。活字の威力は凄い。自己表現として最良の方法」と著作活動に励む。

最近では『賃貸不動産業のe革命』『建築営業のe革命』『100歳シニアのイキイキ人生』と立て続けに出版。「会社の業績にすべて関連しており、時間的に余裕があればどんどん出版したい。左右田流の経営を広く世に出していきたい」と意欲を燃やす。

尊敬する人

塚本さんの生き様に感銘

ワコール元会長の塚本幸一さん(故人)。「戦後すぐ、個人で和江商事を創業され、世界的な企業にまで成長させた。よく一緒に食事をさせていただき、個人的な生き様に大きな感銘を受けています」と同じ創業者、ベンチャーとして共感する部分も多く、今でも大きな影響を受けているという。

ゴルフ


大会会長として、東建コーポレーションカップ優勝者の片山晋呉プロに賞金を授与(2001年3月)

JAPANゴルフツアー開幕戦「東建コーポレーションカップ」の主催者として有名。ゴルフの腕前もと思いきや、左右田さん自身は「健康管理が目的で、40歳からの手習い」と笑う。

現在は仕事最優先のため月に1、2回楽しむだけだが、かつては「練習場に行くと日課として半日で打ちっ放しを1000発。手にできるタコを削ってでも続けていた」とか。ハワイへ旅行した時は10日間で10ラウンドをこなすほどパワフルだ。

 
 
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